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よみかさん
よみか
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通勤電車の中も会社の昼休みも、ドナウを下り続けた。
ドイツの黒い森の湧水に発し、オーストリア、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ユーゴスラヴィア、ルーマニアを経て、スリナで黒海へ注ぐドナウ川。緻密で膨大なそれら周辺の地域の歴史、伝説、口承を繋いで下るドナウの旅。


500ページを超える大河の旅です。「一滴の湧水から悠々たる大河へ」―ひとことで言うならもうこのキャッチコピーの通りなのですが、「一滴」から「大河」に至るまでの間に横たわる著者の考察が一筋縄ではいきません。


訳者の池内紀さんが、とめどないまでに人や書物や文が出てくるが、説明的言辞はいっさいない。数知れぬ引用は突然あらわれ、ときには一行で用ズミとなり、出典は示されない。逸話や聞き書きや伝聞は紹介をもたず、古文書の出所は沓としてつかめない。と言い、訳のためこれらについて集められた全資料を積み上げたところ1メートルをこえたそうです。


ドイツ文学者である池内さんですら訳に十数年かかったというほどの大部の作品です。それほど難解と思われるこの本の魅力とは何か。それはそうした未知の記述に触れることで感じるドナウが繋いでいく東欧という空間の旅愁といったらよいでしょうか。


この本の内容は必ずしも全てを理解して読まなくてもいいんだとわかるまでは、正直、辛かった。それが「海に注ぐ」という終着のある川という性質上なのか、半分くらいからもうやめられなくなりました。本書を読んでいる間は、通勤電車の中も会社の昼休みも、名前すら聞いたことのない東欧の街をひたすら歩きドナウを下り続けていました。活字中毒もここまでくるとちょっとあぶないかと思いつつ(汗)なんかもうそれだけで良かったのです。


ドイツの川というものに個人的に思い入れがあったこと、信頼する文学者の池内紀さんの訳であったことも、本書を読了できた理由でした。読了した上で今、確実に言えることは自分の中にあるドナウ川のイメージをみごとに変えられたことです。


ドイツ・黒い森はドナウエッシンゲンに始まりオーストリアのウィーンでは華麗な定番ワルツに乗せられてその美しさを讃えられる川、それほどの認識しかなかったドナウ川は、実はそこから先のほうがずっと長く、しかも文化的にも歴史的にももはや東欧のものなのです。


ここに見たそんなドナウの心をより近く表現しているのは、流麗かつ華やかなヨハン・シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』ではなく、むしろ哀調を帯び東の果てへの郷愁を呼び覚まされる、ルーマニアのヨシフ・イヴァノヴィチ作曲『ドナウ川のさざなみ』であることに気づいたのでした。


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よみか
よみか さん本が好き!1級(書評数:642 件)

ここのところ踊りに現を抜かして、本が読めておりません。(^_^;)
にもかかわらず、時折、過去レビューをお読みくださりポチッと一票くださる方々がいらして、感謝いたしております。
ありがとうございます。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2016-06-16 07:41

    クラウディオ・マグリス、フランツ・カフカ賞受賞!の報を聞いて、
    はてその名前、どこかで聞いたような……と思ったら、
    そうそう、よみかさんのこのレビューを拝見して
    この本を読みたい本のリストに入れていたんだった!
    遅まきながら私もドナウ川下りの旅にでようかしらん♪

  2. よみか2016-06-17 00:00

    かもめ通信さん、お久しぶりです!
    こんな書棚の奥のレビューを思い出して頂けたなんて光栄です!この機会にぜひ!とお薦めしたいですが、なかなか奥の深い旅になりますよ〜(^.^)

  3. No Image

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